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2011/03/04(金)

Oracleの教育[]

タグ: レビュー

また3日間、Oracleの教育を受けた。使用したテキストは、例の『Oracle11gデータベース構築バイブル』だ。間違い探しをしながら講義を受けた。

全部を読んだわけではないけれど、3日間の講義が終わるころには、指摘事項が100箇所くらいになった。文章中の単なる誤字はともかく、本当に実機で確認して書いているのか疑問に思う間違いもある。ファイル名やファイルのパスの誤り、構文の説明でのスペルミス、動かないサンプルなど、鵜呑みにしないほうがいい。書かれていることが本当に正しいのかどうか、いちいち調べる必要があるという意味で勉強になった。そういう確認をする気がないなら、この本で勉強するのはおすすめできない。

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2010/08/21(土)

Oracle11gデータベース構築バイブル[]

タグ: レビュー

先日、Oracleの社内教育を受けた。そのときに使われたのが、『Oracle11gデータベース構築バイブル』という書籍だった。580ページ近くある厚い本だ。

この本の、db_block_sizeの設定値についての説明に疑問を持った。説明は2箇所あって、何回読んでも、どんな値を記述すればよいのか理解できない。なぜだろうと思ったら、どちらの説明も単位と数値に誤りがあったからだ。バイトとキロバイトをごっちゃにしている。

こんな間違いがあると、書かれていることすべてを疑いたくなる。ということで、「ご注意」「はじめに」「目次」を注意深く読んだ。すると、20箇所以上の誤字脱字、あるいは記載内容の誤りが見つかった。特に英語のつづりがひどい。筆者の英語力の問題なのか、編集者の問題なのか、校正がいい加減なのかは知らないが、次々に見つかってびっくりした。

「ご注意」「はじめに」「目次」の誤り

持っているのは第1版。改版はされているのだろうか。たとえ改版されて直っているとしても、第1版だから仕方ないという間違いの数ではないと思う。ちなみに、「Oracle11gデータベース構築バイブル」サポートページに正誤表がある。このブログの記事を書いた時点では、12件挙げられているが、私が見つけた誤りはひとつもない。しかも、この正誤表の3件目は誤も正も空欄で適当すぎる。

これから本文もチェックしていくつもりだが、途中で投げ出したくなるかもしれない。

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2009/07/01(水)

萌えキャラの上手な描き方[]

タグ: レビュー 買い物 楽天

たまには、本を参考にして描いてみるかなと思い立って、楽天ブックスで萌えキャラの上手な描き方を買った。メール便で送られてきた。

概要

「はじめに」によると、2~4頭身前後の、デフォルメキャラの描き方を解説した本だそうだ。ならば、そういうタイトルにすればいいのに。「萌えキャラの」と書かれると、書店で買いにくいと思う人もいるだろう。

4章に分かれていて、3人の著者が1章ずつ受け持っている。最後の章は、それぞれが着色について書いている。全175ページで、各章の割合は、2:4:3:1くらい。ページ数や内容からすると、2章がメインだと考えられる。

Chapter.01

表紙のキャラを描いた人による説明で、この手のイラストでは、3人の中で最も標準的な絵柄に感じた。

最初に、キャラの特性を生かした描き方の説明がある。次に、頭身の異なる絵を並べて、ラフから着色までを解説している。最後は、ギャラリーのイラストのメイキングが載っている。

文章では、デフォルメキャラの特徴をていねいに説明しているけれど、作例が少なく、どうやってそう描くのかという情報に乏しい。メイキングも、全行程を8ページで説明するのは無理がある。

この章は、読み流しておしまいということになりがちで、見ながら練習するにはあまり向いていない。もっと線画の細部の解説や、いろいろなパターンを見せてくれたほうが、読者としてはありがたい。

Chapter.02

ギャラリーの絵を見て、クセがある絵だなと感じた。目の描き方と配置が独特だ。特に、うつむいたアングルになると、顔のパーツの不自然さが強くなる。頬の面積が狭すぎるのが一因だろうか。ほかにも、顔に角度がついていると、のっぺりとした平面的な顔に見えてしまう。また、フカンやアオリを描くというページでは、後頭部が足りていないと思った。

そんなわけで、私が理想とする絵とは異なっている。全部が全部そうではないが、ちょくちょく気になる絵が出てくる。好き嫌いというよりも、違和感が強かったので、少なくとも顔を参考にしようとは思わなかった。

とはいえ、この章は最も解説が詳しく、作例も多い。髪の描き方や、手足、全身もカバーしている。

何でも鵜呑みにしてしまう人が、全部をまねするのはどうかと思うけれど、きちんと自分で取捨選択できる人が参考にするのなら悪くない。

Chapter.03

ネットゲームのイメージイラストに合いそうな絵柄をしていると思ったら、そういう仕事をしている人だった。あからさまな萌えというよりは、一般受けしやすい絵だといえる。

基本的にはうまいと思うけれど、目から上の頭部が少し大きく感じた。髪まで描かれている絵だと、そんなに気にならないので、髪に隠れた頭部がどれくらいなのかという解釈の違いなのだろうか。2章の例とは形が異なるので、どうすればいいのか読者が混乱しそうだ。

顔の描き方が詳しく載っているが、もっと全身の描き方にページを割いてもらいたかった。

Chapter.04

最後の章では、14ページで3人の着色方法を載せている。このページ数では、さすがに大まかな流れしかわからない。塗り方の勉強をするには、あまりに情報不足。

まとめ

3人の筆者が、完全に独立して解説をしているので、全体的な統一感はなく、説明がダブっているところもある。1章の絵柄で、3章のレベルの絵を、2章の解説で一貫してやってくれたら、とてもいい本になっただろう。

着色については、わずかなページで説明されていて中途半端だ。これならいっそのこと省いて、線画だけの本にしてくれたほうがありがたい。

この本に対するレビューをあちこちで見てみると、わりと評判がよいが、私としては★★★☆☆くらいの評価になる。顔を描くことすらままならない人にとっては、参考になる部分が多いのかもしれない。ただ、そうであっても、参考にしてもいい絵がどれか見分けられないと、変なクセがついてしまいそうだ。

表紙の絵が好みだからという理由で買おうと思ったのなら、これを描いた人がメインではないので注意。中身を確認した上で、参考になる部分があると思うかどうかで決めたい。私はそれをしなかったので、少々面食らった。

関連サイト

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2009/05/17(日)

理科系の作文技術[]

タグ: レビュー

著者は木下是雄で、文章作成の本としては有名だと思う。今回の記事は、レビュータグをつけたが、レビューというよりも、気に留めておきたいことのメモになっている。最後に、この本を読んで気づいたことを少しだけ書いた。

序章

  • 他人に読んでもらうための「仕事の文書」は、事実と意見に限られる。感想などの心理的要素を含まない。
  • 必要なことは漏れなく、必要でないことはひとつも書かない。
  • 事実と意見を区別する。
  • 読者が何を知りたいかを考えて、記述の順序を決める。
  • 明快、簡潔に表現する。一義的で、言い切る。普通の用語を使う。言いたいことを明確に、短い文で。
  • 日本の作文教育は感想文であり、仕事の文書の教育に力を入れていない。

準備作業

  • 文書の役割を確認する。
  • 一文書一主題にする。読者は誰なのかを考慮する。
  • 自分自身が直接、ことやものに当たって得た生の情報と、それについての自分の考えに重点を置く。
  • 目標規定文を書く。目標規定文とは、何を目標とするのか、何を主張するのかを一文にまとめたもの。
  • 材料集めをする。思いつくままのメモをとっておく。図表を準備しておく。

文章の組立て

  • 仕事の文書は、結論やまとめを先に記述する「重点先行主義」にするべき。
  • 説明文は、「概要から細部へ」という原則に重点が置かれる。
  • パラグラフ(段落)には、何について何を言おうとしているのかを述べた文がある。それを「トピック・センテンス」という。
  • トピック・センテンスは、原則として最初に書くべき。ただし、それは日本語では難しいことが多い。

文の構造と文章の流れ

  • 日本語は、最後まで読まないと理解できない構造になりがちだが、途中でわき道にそれるような書き方をしてはならない。
  • 論文は読者に向けて書くべきもの。著者の思いを満たすために書くものではない。

はっきり言い切る姿勢

  • 日本人は明言を避ける傾向にあるが、仕事の文書では、はっきり言い切る姿勢が必要になる。
  • 責任回避的な表現の例:「であろう」「と考えられる」「と見てもよい」
  • ぼかし言葉の例:「ほぼ」「約」「ほど」「ぐらい」「たぶん」「ような」「らしい」

事実と意見

  • 意見の基本形は、「私は……と考える」。
  • 事実と意見を意識して書き分ける。
  • 事実の上に立ち、論理的に導き出した意見を書く。

わかりやすく簡潔な表現

  • 短い文で書く。
  • 常に主語を入れる必要はないが、何が主語かを意識して書く。
  • 誤解できないように書く。
  • 漢字とひらがなのバランスを調整して、字面の白さを考慮する。
  • できるだけ能動態で書く。

その他

これ以降は、「執筆メモ」「手紙・説明書・原著論文」「学会講演の要領」と続くが、割愛する。

最後に、読んでいて気になったこと。細かい指摘だけれど、こういう本なのだからしっかりしてほしい。

  • P.8「気短かな上司」、P.192「読者は気短かで」の送りがなが間違っている。
  • P.152「固苦しい文章」の漢字が間違っている。
  • 筆者は、「……するほうがよい」の「よい」は、話し言葉としてはもう死語だから決して使わず、「いい」と書くそうだ(P.152)。私は、これには共感できず、変なこだわりだと思った。私の感覚からすると、「いい」を仕事の文書で使うには、くだけすぎている。そして、決して書かないと言っておきながら、P.156では「大文字Lを使ってもよい」と、すぐに「よい」が出てくるのも納得いかない。
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2009/05/03(日)

食べてはいけない添加物 食べてもいい添加物[]

タグ: 食の安全 レビュー

食品を買うとき、どんな基準で選んだらよいのか知りたくなって、この本を買った。一度気に入ったものは、食べ続ける傾向にあるので、特にそういう食品はできるだけ安全なものを選びたい。

前半は、食品名を挙げて、どんな添加物が入っているか説明されている。代表的な製品の写真が載っているが、特定の製品というよりは、一般的によく入っている添加物に関して書かれている。なので、実際にその食品を購入する場合は、原材料をよく見て、何が入っているか確認することになる。そんなときのために、後半は添加物のリストがあり、用途や危険度が書かれている。動物実験による急性毒性を示す数値が載っているので、信憑性もそれなりに高そうだ。

紹介されている添加物には、「危険」「安全とはいえない」「安全」という3つのレベル分けがしてあり、それぞれマークがついていてわかりやすい。たくさんの添加物が載っていて、すぐには覚えられないが、よく使われている添加物については何度も目にするので、自然と頭に入る。

これからは、今まで以上に慎重な食品選びができそうだ。たとえば、砂糖の量が少ない食品を選ぶとき、代わりに使われている甘味料が安全なものかどうかを調べることで、一歩踏み込んだ食品の選択ができる。

この手の本は、ほかにもいろいろ出ているので、よさそうなものが見つかったら、また読んでみたい。

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2009/02/18(水)

良いプレゼン悪いプレゼン[]

タグ: レビュー

この本を読んだきっかけ

会社の図書室に、後藤文彦の『良いプレゼン悪いプレゼン』という本が新しく入っていた。文章の書き方や、発表の方法に関することには興味があるので、借りることにした。

この本と、ほぼ同じ内容のものが、良いプレゼンと悪いプレゼンとしてWebで公開されている。先に知っていれば、本を借りることはなかっただろう。

プレゼンの考え方には共感できる

まず、どのようなプレゼンが望ましいかという基本的な考えについては、おおむね共感できた。いくつかを挙げる。

  • スライドは図を使って視覚的にわかりやすく
  • 発表は、くだけた話し言葉のほうが伝わりやすくてよい
  • 1枚のスライドに対して1分で説明するのが目安
  • 原稿は要点をまとめたメモ程度で、読み上げない
  • 1行が20文字以上、または1行10文字以上で2行以上の文章は避ける
  • アニメーション機能をむやみに使わない
  • 耳で聞いてわかりにくい熟語や略語は避ける
  • パソコンに張りついていてはいけない

特に強調しているのは、2つめの「話し言葉で発表しよう」ということ。それ以外は、一般的によく言われていることが多いと思った。

何でも話し言葉にすればよいのか

話し言葉で発表することには共感するが、筆者はそれを、この本の文章にも使っている。「とか」「というか」「みたいな」「なんか」というような表現が頻繁に出てくる。日常会話では普通に使われる言葉だが、この手の書籍で目にすると、乱れた日本語にしか受け取れない。「とか」程度なら許容したいところなのだが、以下のように、とにかく多い。

まあ、マイクとかを使える会場ならそれでもいいのだが、通常の学会とかでは、大学の講義室とかを使ってマイクなしで行われることの方が多い。その場合、実際問題として、普段、友達とかにしゃべっている程度の声しか出さなかったら、後ろの方の席の人には、ほとんど聞こえない。

親しみやすさを重視して、このような書き方にしているのかもしれないが、私には幼稚な文章に見えた。いちいち気になるので、思考の妨げにもなって逆効果だ。

このような話し言葉や、「ええと」「まあ」という言葉を、ニュース番組にも取り入れたほうがわかりやすいと筆者は言っている。バラエティ寄りの番組ならかまわないが、それをNHKのニュース番組にまで取り入れてほしいとは思わない。NHKのニュース番組には、事実を淡々と伝えてくれるという期待がある。それが話し言葉になったら、正しい内容だとしても、信憑性が薄れてしまうだけだと思う。

あえて間違う意図がわからない

本来の意味でない「確信犯」をわざわざ使ったり、「ですます」と「である」を意図的に混在させたりすることに悪意を感じる。筆者は、わざと使っているのだということを注釈で述べているが、毎回そんな言い訳をするつもりなのだろうか。そんなことをするくらいなら、最初から誤解されないように書けばよいのに。

「わかっていてやっていますよ」と注釈を入れるのは、本来の意味を知らないと思われるのが怖いからだろう。そして、きちんと知識があることをひけらかしたいようにも感じる。こういった、余計な感情を読者に与えるのはよくない。あえて物議をかもす言い方をする必要はないのだ。

どこを見ても括弧だらけ

最も気になるのが、括弧が多すぎることだ。括弧のないページを探すのが困難なくらい多い。最初のコラムで、筆者もそれを認めているが、改めようとはしない。括弧と注釈のバランスの話があるが、そういう問題ではない。括弧や注釈が多くなること自体が問題なのだ。以下のくだりで、それに気づいてはいるようだ。

というより、そもそも括弧による補足説明だの注釈をできるだけ使わずに説明するのがよいという考えもあるかもしれないが、私は文章情報の各部がどれだけ要点や文法構造に寄与しているかに応じて、要点や文法構造に大いに寄与する骨組の部分と、要点には寄与しないけれどもそれなりに重要な情報のこともある補足説明的な部分とを括弧や注釈を使って数段階に分けておくのがそう悪いことだとは思わない(関係代名詞などによる補足説明がいっぱいくっついていて、どこが主語だか目的語だかわからないような英語の長文とかを読んでいると、補足説明的な関係節とかは括弧でくくってくれたら、もっと文法構造が見えやすいのになんて思うことはある。まあ、コンマコンマが括弧の代わりなのかもしれないが)。

説明もまたこんな調子で、やはり括弧は欠かせないらしい。それよりも、一文が長すぎるので、そこをまず改善しないと読みにくい。

実際に括弧が使われている例を、いくつか挙げる。

  • 英語が得意でない発表者はいっぱいいる(まあ、国際会議によっては、参加者のペラペラ率の高いとこもあるのかもしれないが)
  • まずいない(たまにいるんだけど)
  • わかりやすさに雲泥の差があると思う(後者がわかりやすいという意味ですよ、念のため)
  • 一定の効果があるだろう(たぶん)
  • 沈黙されるよりはよっぽど好感が持てる(私は)

上から2つは似たタイプで、括弧があるにせよないにせよ、こういう書き方を多用する人はよくいる。何か意見を述べたあとに、「まあ、○○なんだけど」「いや、○○なのかもしれないが」のようにつけ加えて、いちいち例外を言ったり、明言を避ける表現を使ったりするのだ。歯切れが悪くて、読んでいてすっきりしない。なぜこうしたがるのか、理由はだいたいわかる。

  • 全部書かないと気が済まないから、あるいは正確に伝わっているか不安だから
  • きちんと例外まで述べて、そこまでわかっていることをアピールしたいから
  • 一方的な意見ではないことを理解してもらいたいから
  • 読み手からの細かいツッコミを防止したいから

きっとこんなところだろう。この手の文章の、不快さの原因が、suchi todayの2005/12/09でも挙げられている。私の意見と非常に近い。

話を戻すと、3つめの「念のため」も、この本にはよく出てくる。私には、どれも蛇足としか思えないのだが、きっと誤解されたくないという気持ちが強いのだろう。それなら、最初から誤解されない文章にすればよい。「わかりやすさに雲泥の差がある」で、後者がわかりやすいことが読者に伝わっているのか不安なら、「後者のほうが圧倒的にわかりやすい」にすれば、括弧を使わなくても済む。

筆者は、思いついたことをどんどん文章にしていって、説明不足だと感じた部分を括弧で補足する書き方をしているのではないだろうか。そんなやり方ではなくて、最初に書いた文章をもっと推敲してほしい。筆者自身も、「推敲時間が短いほど括弧が多くなる」と認めている。それなのに、括弧が多いまま本になっているということは、「手抜きをしています」と宣言しているようなものだ。

4つめと5つめは、目障りに感じる。「だろう」という表現のあとに、「たぶん」と書き加えることに、何の意味があるのか。また、「好感が持てる」という表現は、個人的な意見としか受け取りようがないので、「私は」とつけ加える必要がない。もし、自分自身の意見であることを強調したいのなら、きちんと文の中に入れるべきだ。

ここまで記事を書いてきて、私自身の文章には一度も括弧が出てきていない。必要がないからだ。括弧で補足しなければならないところがいくつも出てくるのは、その文章に問題があるからだと私は考える。

段落が少ない

括弧のこと以外にも気になる点がある。1ページに、2つか3つ程度しか段落がないことだ。つまり、ひとつの段落が非常に長い。本をパラパラとめくると、なんだかダラダラと書いてあるなという印象を受けるのは、そのせいだ。こういう本は、サッと要点が頭に入ることが重要なのに、このまとまりのない文章を、いちいち読まなければならない。

スライドを作るときは、簡潔に短い文で表現するのがよいと言っているのに、良いプレゼンと悪いプレゼンについて、Web上や書籍で説明する場合は、そんなのおかまいなしでよいのだろうか。もっとふんだんに、図表や箇条書きがあったほうが読みやすくなるだろうに。

『理科系の作文技術』の、「事実と意見」を参考に書かれている部分がある。せっかくその本を読んだのなら、「事実と意見」の章の前後にある「はっきり言い切る姿勢」と「わかりやすく簡潔な表現」も参考にしてもらいたかった。

まとめ

プレゼンについての考え方に、納得できるところはいくつもあった。しかし、その説明の文章が、私には気になって仕方がなかった。「スライドは簡潔にまとめるように」と言われても、括弧だらけで、長ったらしい説明では、説得力がないと感じた。

余談だが、この本の評判をAmazon.co.jpで確認したら、筆者自身がレビューをしていた。そういう使い方をする場ではないと思うのだが。

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